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2011 年 6 月 14 日| カテゴリー: 東日本大震災について

東日本大震災 No.2   2011.3.25

昨日被災地域に父と共に物資を届けに行って参りました。

向かう途中に父は、目が覚め、目を開ける前に「仏壇に線香を上げ、今日の農作業をしなきゃな」と目を開けると違う天井に気づくと涙が出、向かう 途中に荒廃した場所の自宅を見ては涙があふれ、ぼそりと「帰りたいな」と呟きました。知り合いに会っては生きていたことに涙があふれ、育ての親代わりの遠 い親戚に会っては育ててくれた感謝を述べては涙を流し、多くの同級生が亡くなったことを知らされて涙があふれ、一日で何度も何度も涙を流しながら物資を届けて参りました。

*現在の状況*

荒廃した地域は、自衛隊員が頑張って捜索や瓦礫の撤去をしているのですが,あまりに広範囲のため手が行き届かない場所が多く、戦場のような場所が何ヶ月続くか分かりません。歌津地区にまだ自衛隊は入っておらず道路を家の上部が塞いだままでした。

全壊した家の近くにあるコンテナに寝泊まりをし、集会所で食事を受け取り、復興作業に取り組んでいました。

電気もいつ通るか分からないまま生活をしており、風呂にも入れず2週間を過ごしていました。

送っていただいた男爵いもは、農作業の種にしたいと口にするのを我慢すると言っていました。

避難所においても環境に差があり、廊下に寝泊まりをしている避難所もあり、寒さに震えながら毎晩過ごしていました。食べるものについても人が多 いため、栄養価の多いものは作ることができず、十分な栄養を摂取することはできずにいました。何とか生きているというのが現状だと思います。また、プライ ベートも確保されるのは難しく精神的に追い込まれている人もいます。仮設住宅の目処も立っておらず大変な思いをしております。もし、食事等の物資が途絶える時期が来たなら、家も職もない中で生きていくことは難しくなっていくと思います。

今早急にやることは徐々に自力で生活する環境作りを少しずつ作っていくことが大切だと思います。 もしできることなら、移動式プレハブや発電機、生活物資や家電製品、プロパンガス、大衆シャワー施設など大きいものから、日用品のような小さいものまで提供する必要があると思います。

プレハブ会社 に行って確認したところ、国からの仮設住宅建設を請け負っているので、個人への貸し出しや販売はできないと言われました。その会社の敷地内には多数のプレハブが置かれているにもかかわらず、被災者救済を行っている国との契約のせいで個人の被災者救済ができないということはどこかがおかしいと感じました。家や家族を亡くして傷ついている心を癒やすためにも、自宅に近い場所に住み、田や畑を耕し、早く元の形にしたいと思っている人たちへの救済がされない可能性 があります。そのような人たちに物資を渡していきたいと思います。

送っていただいた品物は、漁村地域と避難所(ベイサイドアリーナ)に置いて参りました。

道路がまだ整備されてないところが多く運搬はなかなか難しいのですが、何とか頑張って行こうと思います。

2011.3.25に届きました物資は次の通りです。

順天堂大学ソフトテニス部OB 千葉県匝瑳市・諏訪 聡様から野菜・日用品など、

長野県佐久市・住安 憲昭様から野菜など、

千葉県流山市・金子知行様から アウトドア用品・コンロなど、

愛知県新城市・前田勝視様から野菜・鍋・調味料など、

お見舞い金はすべて軽油・ガソリン代に当てたいと思います。本当にありがとうございます。

連絡  仙台市立仙台商業高等学校 畑山浩志宛 住所 宮城県仙台市泉区七北田字古内75

携帯 090-8925-8644 クロネコヤマト泉野村店(止まり)(伝票番号が連絡なくても受け取ることができました。)でお願いします。取りに参ります。